この後、よりロック的な要素を強めたいというスティルスの以降により、以前に同じバッファロー・スプリング・フィールドで活動していて、当時既にソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして加わることになりました。
「どうにもならない望み」は、4人での再録音も行っています。
ヤングの参加によりグループ名はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとなりました。
1969年8月には、ウッドストックにも出演し、クロスビー、スティルス&ナッシュでの演奏による「組曲 青い目のジュディ」は記録映画「ウッドストック」で観ることができます。
1970年にアルバム「デジャブ」が発表されました。

ビルボード200チャートの1位を記録し、CSNYの代表アルバムとなりました。
このアルバムには、CSNYの曲では最もポピュラーな曲ともなった「ティーチ・ユア・チルドレン」が収録されています。
冒頭のスティーブン・スティルスによる「キャリー・オン」、デビッド・クロスビーによるアルバムタイトル曲「デジャブ」、グラハム・ナッシュの、いかにも暖かな雰囲気の「僕たちの家」などでも美しいCSNYらしいハモりが聞かれますが、一方で、各人の自己主張も顕著となった感じで、多彩なサウンドに仕上がっているのも特徴でしょう。
ニール・ヤングは、やはりここでも、俺は俺でやる、と言った感じで、ニール・ヤングの曲は、まったく彼のソロ・バージョン、と言った感じです。
まあ、それ以外でも、クロスビーも「カット・マイ・ヘアー」ではソロで存在感を見せていますし、グラハム・ナッシュも、このアルバムでCSN&Yの代表曲ともいえる「ティーチ・ユア・チルドレン」を披露していますね。
このアルバムでは、スティーブン・スティルスのみが完全なソロの曲「4+20」を収録しています。
この曲は、後でクロスビーとナッシュがハモりを入れる予定だったのが、スティルスのソロを聞いてみて、これで完璧だということで、ソロで収録することになったそうです。
こうしたところで、4人の中でのスティーブン・スティルスの地位の高さがわかります。
1970年11月にはスティーブンスティルスがソロ・デビューアルバムを発表しています。

この時、既にスティーブン・スティルスはソロ・アルバムを出していて、元々CSNYのグループとしての活動はあまり重視していなかったのかな?とも思ってしまいます。
ゲストにエリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、キャス・エリオット、ブッカー・T・.ジョーンズ、リンゴ・スター(
Richie"とクレジット)、リタ・クーリッジと豪華な顔ぶれで、この人の交流の広さも知ることができます。
これ以外、クロスビー、ナッシュも参加しています。
アルバム収録の曲は、オープニングの「愛への讃歌」がやはり素晴らしく、また、B面のライブレコーディングによる「ブラック・クイーン」は彼の見事なギター・プレイが聞けて、円熟の境地、と言った感じです。
一方、CSNYとしての活動も活発となり、ツアーを開始し、1971年4月にはツアーでの演奏を収録したライブアルバム「4ウェイストリート」が発表されました。

このアルバムを聞いてみると、クロスビーとナッシュはどちらかと言えば前座に近い感じで、後でメインのスティルスとヤングが登場、といった感じで、観客の拍手でも、やはりクロスビー、ナッシと比べるとスティルス、ヤングのほうが多いみたいで、こうしたところで、当時はCSNYでもスティルスとヤングが人気があったことがわかります。
アルバムは、冒頭「組曲 青い目のジュディ」のエンディングとなり、ここからニール・ヤングが登場してCSNYの演奏が始まっています。
この当時、コンサートではまずCSNで登場して「組曲 青い目のジュディ」を演奏し、この後ニール・ヤングが登場してCSNYとして演奏が始まる、という流れで、一応、CSNとCSNYは区別していたことがわかります。
映画「ウッドストック」でも、収録されているのはCSNの演奏だけで、CSNYの演奏は収録されていません。
ただし、これは、ニール・ヤングのほうから撮影を拒否したこともあるようです。